2011年8月 1日 (月)
On Voice 第821回 有権者の選ぶ権利を奪った埼玉県知事選挙

 実験配信中…

 全国最低の投票率。
 自民・公明・民主の相乗りでは人々の興味が失われるのは当然だ。
 戦術的には全く間違えている共産党。
 マスコミもこんなに不平等な扱いでよいのか?
 各党は地方行政への独自の方針やビジョンを持っていないのか?


2011年8月 9日 (火)
On Voice 第822回 京都の人を責めてばかりで本当に良いの?

 一応「通常運転」再開です。
 ココログがだんだん使いづらくなっているのだが、当面データを別のサーバーに置いてやってみる。
 陸前高田の被災松の薪を五山の送り火で燃やす計画が中止になって…
 風評被害と言うが、これまでさんざん安全宣言が裏切られてきたわけで。
 自分の身は自分で守らなくてはならないという意識が生まれてきたことは否定できない。


2011年8月10日 (水)
On Voice 第823回 原田芳雄の遺言(1/2)

 「大鹿村騒動記」を観る。今、劇場で見るべき映画だと思う。
 久しぶりに映画らしい映画を見た感じ。
 原田が最後に行き着いた映画論・芸能論か。
 ひとりラーメン屋で泣く。


2011年8月11日 (木)
On Voice 第824回 原田芳雄の遺言(2/2)

 泥臭いけど洒落た映画。描かれているのは現実に存在する田舎ではなく一種のファンタジーの中に存在するパラダイス。
 オジサンの映画だがテーマは男も女も立場も関係ないと言うこと。
 誰を同じところに立たせることが出来る、それこそが芸能の力。
 役者の業と「演じる」ことの意味。それは結局、人間にとって必要なこと重要なこととは何かという問いかけ。


2011年8月13日 (土)
On Voice 第825回 ゲスな小市民の「怪しいお米 セシウムさん」(1/3)

 東海テレビでのテロップ誤映問題。
 震災以後頻発するテレビの失言騒動。
 根底にはメディアの側にいる人達のおごり・優越感のようなものがあるのでは。
 「本音」を言うことがカッコイイと思われる時代。しかし本当にまずいことは隠されて…
 バラエティの悪ふざけ的お笑いの中だけ残される結果に。


2011年8月14日 (日)
On Voice 第826回 ゲスな小市民の「怪しいお米 セシウムさん」(2/3)

 案外こうなっても現場ではあまり悪いことをしたと思っていないのでは。
 本来ジャーリズムは批判的視点が基本だから、現在の風潮に対する反発を持つテレビマンもいるだろうが。
 ネット上にも多くの「毒舌家」が存在するが、「みんなが口に出さないだけで本当は思っていることをはっきり言っているだけ」というスタンスはいかがなものか。


2011年8月15日 (月)
On Voice 第827回 ゲスな小市民の「怪しいお米 セシウムさん」(3/3)

 誰かを見下している、見下したい人たち。
 だからといって自分を一番だと言わないし、思ってもいないようで。
 どうせなら自分の思ったことを堂々と言う「嫌な奴」の方がずっと良い。
 カッコイイと思っているだけではなく、現実に自分の意見を言うだけの勇気もない。
 愛や平和や理念や理想を真正面から言うことがカッコワルイことになってしまった社会。
 失言は失言でしかなく、それ自体を処罰しても仕方ない。その背景にある思想こそ変えなくてはならないのだが、だからこそそれは非常に難しい。
 それが「本当はみんな思ってることだ」ということの正体であり、まさにイジメ・差別の構造そのものなのだ。


2011年8月17日 (水)
On Voice 第828回 まんべくんは間違ってない!

 長万部町のゆるキャラ「まんべくん」の公式ツイッターが中止に。
 当時の日本が現在の北朝鮮と同じような状況だったとか、戦争は日本の侵略戦争から始まったとか、日本人にもアジア各地にも多数の犠牲者を出したとか、言っていることは歴史認識として定説であり全く間違っていない。
 町の公式キャラクターとして適切な話題だったかどうかはあるにせよ。
 最も恐ろしいことは,テレビ・マスコミがただの毒舌問題としてだけ取り上げていること。
 戦争を起こさない第一の条件は自分たちの利益のために戦争を仕掛けない、侵略しないということであるはずなのに、なぜかそのことをみんなが隠そうとしている。


2011年8月19日 (金)
On Voice 第829回 小松左京と日本SFの不幸な勝利(1/5)

 この頃しきりに思い出されていた小松左京。
 「日本沈没」のリアリティ、閉塞状況の中での出口のヒント?「第二日本国誕生」


2011年8月20日 (土)
On Voice 第830回 小松左京と日本SFの不幸な勝利(2/5)

 「SF」という言葉の重み。特別の感慨。
 今となっては本当に好きだったかどうかわからなくなってきたが、70年代にはむさぼるように読んだ。
 文学・文化・思想の運動であり闘争であった第一世代の日本SF。
 それは幸福な始まりだったのだが…


2011年8月21日 (日)
On Voice 第831回 小松左京と日本SFの不幸な勝利(3/5)

 我こそが本道と主張し、いわゆる純文学などのメインストリームと闘ったSF。
 80年代から90年代にかけて市民権を得たサブカル。
 一方、全く力を失っていたメインストリーム。
 社会はモダンからポストモダンの社会へ。急激に社会のエントロピーが増大したのはある種歴史の必然だったのかもしれないが。


2011年8月22日 (月)
On Voice 第832回 小松左京と日本SFの不幸な勝利(4/5)

 サブカルがメインストリームと弁証法的な結合を遂げる前に、メインが消滅してしまった不幸。
 テーゼもジンテーゼも失われ、アンチテーゼだけが残された。
 SFは文学の中に消化されないまま雰囲気として漂っている。
 それはSFだけではなく、あらゆる文化の中に大きな断層が存在。


2011年8月23日 (火)
On Voice 第833回 小松左京と日本SFの不幸な勝利(5/5)

 70年代に存在する文化的断層の原因のひとつは戦争と敗戦。
 1960年代もしくは昭和30年代生まれは、それ以前の文化を否定した。
 SF第一世代はそうした断絶を批判的継承者としてつなぐべき存在だったのだが。
 エントロピーが極大化すると宇宙の熱死がやってくる。それを回避できるのは「悪魔」だけかもしれない。


2011年8月24日 (水)
On Voice 第834回 島田紳助よ、もう二度と戻ってくるな!

 突然の引退表明だが、なんだかモヤモヤしてしょうがない。
 ヤクザとの関係と言っても、会見の通りならほとんどつきあいがないと言って良いくらいなのに。
 実は本当はもっと濃い大きな問題を隠しているのかもしれない。
 それとも吉本へのあてつけ?


2011年8月25日 (木)
On Voice 第835回 民主党代表選の本質

 前原さんの出馬で流れが変わったとか言われているが。
 総理大臣が誰になるかではなく、ようするに小沢一郎の復活の儀式に過ぎないのでは。
 土俵際まで追い詰められた古い自民党の金権政治が、今度もまたしぶとく生き延びるのか。
 みんなが菅降ろしに一所懸命だったのだから、まっとうに考えれば菅さんとの政策の違いをアピールしてしかるべきなのに。
 結局、小沢復活と脱原発の収束が目的だったわけで、もう民主党内良識派は見切りをつけろ。


2011年8月27日 (土)
On Voice 第836回 もう少し紳助引退を考える(1/2)

 問題の発端はある種の放送事故から。
 引退会見の中で、紳助は自分は「間違った」と言ったが「悪かった」とは言わなかった。
 彼はヤクザとの義理を守り、メンツを立てた形になった。
 背景には警察とヤクザ組織の間の血みどろの闘いが。


2011年8月28日 (日)
On Voice 第837回 もう少し紳助引退を考える(2/2)

※今回の録音では機材トラブルにより大きなノイズが入ってしまいました。お聞き苦しくなりましたことをお詫び申し上げます。

 警察がリークという手法をとるのは、それだけ壊れにくい強固な組織だから。
 自分の味方になってくれる限りヤクザはとても良い人たちで。
 そもそも必ずしも法律を犯しているわけではないのに、なぜ社会から排除されなくてはならないのかという反発。
 味方になってもらうということは、同時に裏切りが許されない立場に立たされることでもある。
 その裏側には徹底した力と金の論理が。考えてみると政界にもとてもよく似た一家がある…


2011年8月30日 (火)
On Voice 第838回 野田総理誕生に思う

 最悪ではなかったかもしれないが…
 増税は仕方ないとしても。
 脱原発は悲観的にならざるを得ない。
 党内融和の名の下に小沢一郎の影響力が高まるのはどうか。
 一番の問題はA級戦犯はいない論。


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